NHK全国俳句大会 (平成23年度) [俳句]
今日22日 NHK全国俳句大会に行ってきました
昨日の短歌大会より大勢の参加
桜井洋子アナウンサーの総合司会 鈴木桂一郎アナウンサーの特選句披講でした
応募作品も44,617句と多く 又最高齢者は103歳とのことでした
NHKニュースに でています ↓ クリックしてみてください
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120122/k10015450781000.html
また結果発表は ↓を
http://www.n-gaku.jp/life/haiku/h23/
会場内は NHK学園のパンフレットがいっぱい
又俳句について分からないことがあれば 教えていただける コーナーや
入選句などを色紙などに書家が書いていただけるコーナーなどもあり
たくさんの参考書が置かれていました
わたしの好きな俳句は
「立山の雲の中なるお花畑」 大久保文夫氏
「天上は一枚の紺蕎麦の花」 渡辺節子氏
年輪大賞をいただかれた
「立山を仰ぎ見て汲む岩清水」 村田武久氏
「しばらくは余震忘るる花の旅」藤井黎子氏
「滴りとなる一瞬のゆがみかな」小松章子氏
「足音をきき分けてゐる寝釈迦かな」 今口雪子氏
「手話の指雪の深さを語りけり」 平井光枝氏
まだ たくさんありますが
NHK全国短歌大会 (平成23年度) [短歌]
冷たい雨の降る大寒の今日 NHKホールへ NHK全国短歌大会に行ってきました
寒さと雨の為か昨年よりも参加者が少なかったようですが
幕が開くと華やかな晴れやかな舞台 日曜日短歌の司会をされている 濱中アナウンサーの総合司会で始まりました 特選の作品の朗読は今年も加賀美アナウンサー 情感のこもった朗読と作者の言葉をしっとりと読み上げられました
入選作品集のご挨拶に
・・・・ 題詠と自由題をあわせて23、839首にのぼりました 今回の題詠である「立」では、世代や環境の違いを超えて、暮らしあるいは人生を見つめ直し、自らの心と言葉のあり方を模索した作品が、とりわけ目につきました。・・・・・
と書かれています
3人の選者から特選をいただかれた 大会大賞の村上英明氏の歌
「俳諧ではないと家族にメモ残し夜の海辺で待つ流れ星」
特選 桑野智章氏の
「残像とはおそろしきもの消してあるテレビが映す津波の映像」
は 私の気持ちをそのまま上手に詠っていただいた気がしました
松本恵子さんの歌 胸に迫る重いがしました
「遺体あり」と赤い布つき竹棒を立てつつ進むとにかく進む」
結果発表は NHK学園 ↓ をクリックすると見られます
http://www.n-gaku.jp/life/tanka/h23/
歌会始 「岸」 [短歌]
新春恒例の宮中行事 皇居・宮殿 松の間で 「歌会始の儀」
NHKでの放映をみました
今年のお題は「岸」
約1万9000首の応募に 入選者10人
召人 堤清二さん 選者 永田和宏さんの歌 に続いて
皇族方々 皇后様 天皇陛下のお歌が披露されました
平成二十四年歌会始御製御歌及び詠進歌は ↓ をクリックすると見られます
http://www.kunaicho.go.jp/culture/utakai/pdf/utakai-h24.pdf
天皇陛下の御歌
「津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる」
皇后様の御歌
「帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず」
胸に迫るようないいお歌と感慨深く聞かせていただきました
入選歌では
福島県 澤邊裕栄子さん
「巻き戻すことのできない現実がずつしり重き海岸通り」
奈良県山﨑孝次郎
「相馬市の海岸近くの避難所に吾子ゐるを知り三日眠れず」
など 感動いたしました
↑ は日比谷の出光美術館から見下ろした皇居のお堀です
私もお恥ずかしい歌ですが詠進いたしました
下は詠進歌とは違いますが 御題 「岸」を詠みました
前記事の日書展に出品した作品です
暮れなづむ小野玉川の岸の邊に地蔵かこみてさく曼珠沙華
↑ は 小野のあたりの玉川
小野は 古事記の オトタチバナヒメの歌
「さねさし相武の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも」
相武は 今の相模のことで小野は厚木市にある小野という説もあります
さねさしは 相武のまくら言葉です
毎年 歌会初めのお歌が発表されますと
平安時代の装溝と同じように作られた帖に 書いております
表裏に書けるお料紙を
糸で綴じた 襲綴じという 帖になっています
天皇陛下から 皇族方 選者の方々の歌 など
に続いて 私の歌10首を記録のように書いております
今年でもう10冊以上になりました
この帖は もう10数年ほど前 作り手が居なくなり
作っているところから在庫を全部送っていただいたものです
今は売っていないかと思います
新春の書道展めぐり (辰年) [書道展]
新春の書道展をめぐってきました
現代の書 新春展 今いきづく墨の華
和光ホール30人展
http://mainichi.jp/enta/art/news/20120101ddm010040011000c.html
セントラル会場100人展
会場入り口 出品者のはがき大くらいの 今年の干支の作品
↓ は 会場風景
第66回日書展
↓ をクリックすると毎日新聞 「書の世界」記事に紹介されています
http://mainichi.jp/enta/art/news/20120105dde018070081000c.html
書燈社新春展
銀座美術館
↓ は会場風景
現代書道20人展 1月10日まで
小品展が別館5階
丑年生まれの書作家による雅涎会書展 銀座画廊 8日まで
その他
東日本大震災復興支援に収益金を寄付される
毎日新聞新春チャリチィー書展
銀座松坂屋別館カトレヤサロンで 1月10日まで
一日に7書展をめぐって 宵6時過ぎ 銀座4丁目交差点から
和光のショーウインドー 辰年にふさわしい華やかさでした
今年は みずのえ 辰
水といえば雨 雨の下に 辰という字を書くと 震
震えるほど感動する 書が見られるような佳き年になりますように
あけましておめでとうございます(辰年) [こころの近景]
あけましておめでとうございます
今年の初日の出は雲の間から拝することができました
我が家のすぐ裏から
暖かな穏やかな元朝を迎え 今年こそは佳き年となりますように
五福祥来 とは
五つの幸福がめでたく集まってくる意で
五福とは 長寿 富裕 無病息災 徳を好む 天命を全うする ことだそうです
今朝の毎日新聞神奈川版に 神奈川県内在住書家の挨拶が
左から二列目 上から四段目 が私の 「辰」 です
日の出の頃の雲 から 武者小路実篤の言葉を思い出しました
龍となれ雲自づと来たる
このごろ歌ったことのない 唱歌
「一月一日」千家尊福詞
辰年の年賀状の稽古 [くらしの書]
来年辰年の年賀状の稽古をしました
お稽古したみんなの年賀状一部を机に並べてみました
下は参考作品です
一部拡大すると
来年こそはと願いを込めて
今年は震災という心苦しさがあり 難しい年賀状となりそうです
法然と親鸞 ゆかりの名宝 [展覧会]
法然と親鸞 ゆかりの名宝 へ
東京国立博物館入り口 の看板 ↑
平成館 入り口の看板 ↑
↓ ビラ 表
裏面 ↓
↓ をクリックしますと 展覧会の見どころ へ ぜひ
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404
国宝重文90件をふくむ180件の名宝のなか
たくさん書が展示されていました 特に 興味深く拝見したのは
・本願寺本三十六人家集 (能宣 下)
残念ながら写真(重之集)は展示変えのため見られませんでした
藤原公任の選による三十六歌仙の私家集の最古写本 豪華な美術品のようなお料紙に
書かれた冊子本 書 美術 国文学上貴重な古筆
かな書道を勉強する人たちには 臨書のお手本として 貴重な古筆
・歎異抄 下巻(蓮如筆)
(1枚目 2枚目の看板写真の 文字)
現代書作品には カタカナの入った作品はあまり見られません
歎異抄(1枚目 2枚目の看板写真の 文字)は
漢字とカタカナだけで書かれていて これからの漢字カタカナ交じりの
現代かな書作品のヒントをいただきました
・恵信尼自筆書状類
親鸞の妻恵信尼が京都にいた娘確覚信尼に宛てた書状
なめらかなに流れるような優しい文字に ほっとする思いがしました
2時間ほど見た後 上野駅に帰る途中 文化会館に映る銀杏黄葉 ↓
原子朗墨戯展 [書道展]
原子朗墨戯展の案内に惹かれて 展覧会を拝見に行きました
内面
拡大
としのせは曽孫よりかるき枯れ枝かな
展示作品に惹かれた言葉
山河勿(なかれ)慟哭 雨中聴真言 (賢治句)
山河微笑 不立文字 有為(ゆうい) 密眼
おれたちはことばのうみにすむさかな
だれだことばをへらしてゆくのは
あしたははたけぞくさむしり
新橋の近く長谷川画廊 小さな会場ですが 先生いらっしゃっいました
私のことなどあまりご存じない筈ですが とても気さくに楽しいユーモアの
あるお話をしていただきました
詩人で早稲田大学の名誉教授 宮沢賢治イーハトーブ館長さまでいらっしゃる
先生のお作品はもちろん そのお言葉に感動 またユーモアのある洒落っけさに
また左手で書かれたお作品など
展示のはじめの方に「養古素」 終わりの方には 「娯苦勞賛」の作品が
書家の個展や展覧会とは全くことなる 自由さに 本当に楽しい個展でした
↓ は 私の好きな詩
四月の歎語
――蕾たちに――
きみは四月の中にいて
忘れてしまわないだろうか
残酷な季節の偶然を
いたましい春の犠牲を
きみが芽を出すとき
きみの肩からすべり落ちた
多くの露のくぐもる叫びを
露たちのたまゆら写した空の青さを
人生はたった四つの季節の輪廻
五つ目の春がくれば
きみの一つの時代がおわる
その五つボタンのきみのヴェストを
生涯きみは身につける
むらさきの花びらを外へそらせて
カタクリの花が咲いている
ミズバショウが純白の花びらを
いっぱいにふくらませている
銘記せよ きみの春もすぐおわると
きみよ のどもとのボタンをつめよ
ボタンをかけちがえるな
日本の美・発見V 出光美術館 [展覧会]
大雅 蕪村 玉堂と 仙厓 日本の美・発見 「笑」のこころ を観に
出光美術館へ行ってきました
↓ をクリックすると詳しく出ています
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html
蕪村
嵐山の花にまかりけるに俄に風雨しければ
いかだ(筏師)のみの(簑)やあらしの花衣
写真は絵はがきから
蕪村の句をよく書いている私にとって
↑ の作品 とても興味深く拝見
10月16日のNHK俳壇のゲストに出ていられた森村誠一氏が
蕪村や芭蕉の作品は
写真俳句だとおっしゃっておられました
道灌まつり 山吹伝説 [心の遠景]
がんばろう!日本 伊勢原から元気を!! と
道灌まつり が 10月1日2日 に
太田道灌公鷹狩り行列 北条政子日向薬師参詣行列 に加え
市制施行40周年記念事業として
姉妹都市の信州諏訪 「御柱里曳き行」の催しがありました
政子役は 女優の藤吉久美子さん 道灌役は 十八代目子孫 資暁氏 でした
天下の大祭 信州諏訪 「御柱里曳き行」
長持ち
長さ約13メートル 重さ6トン 直径約100センチのモミの木
斧がいれられ
御柱の頭を三角錐に切り落とす冠落し
太田道灌は江戸城の創建で知られ文武両道 和歌も多く残されている
1486年伊勢原市にあった上杉氏の居館において暗殺されたとされており
大慈寺 洞昌院に墓所がある
暗殺される 最後の歌
刺客 「かかる時さこそ命の惜しからめ」 続けて
道灌 「かねてなき身を思い知らずば」
太田道灌にはエピソードが多く
山吹伝説は有名
鷹狩りの際 雨に降られて 農家で簑を借りたいと呼んだところ
娘が何もいわずに 一枝の山吹の花を差し出した 道灌は不機嫌になり
帰城ぢてから話すと近侍は 簑がないと言うことだと
後拾遺集の 兼明親王の歌を示した
「七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞかなしき」
貧しくて簑一つないという意味だったこと
古歌を知らなかったことを恥じて 歌道に励んだと言われている
道灌の歌
一茶記念館 福地桂之助(桂玉)書作展 [書道展]
一茶記念館の企画展として
福地桂之助(福地桂玉)書作展が 黒姫の一茶記念館で開催中です
会館入り口
http://park3.wakwak.com/~issakinenkan/main/05_osirase.html
ポスター
展示会場内
作品24点 一茶の句 一茶書簡など (軸 額 巻物 扇子)
作品の一部
春風や牛に引かれて善光寺
南無陀佛南無阿弥陀佛曼珠沙華
ズップリとぬれたところ處(ところ)が春の山
↓句碑の拓本
ポスターを拡大
あの月を取ってくれろと泣子哉
展示室を 出ると 中庭へ
会館の裏側のお庭に 俳諧寺
一茶の墓
↓ 一茶記念館の HPへ
http://park3.wakwak.com/~issakinenkan/
記念館から見た黒姫山
福地桂玉氏は 毎日書道展審査会員
日本書道美術院審査員
かな書道研究 「吹筆会」主宰
童話館 から見た黒姫山
黒姫高原 コスモス
毎日新聞 11月24日 東京夕刊の 「書の世界」に 「みなぎる営みの集積」 と
福地桂之助(桂玉)書作展 が記載されています
ぜひお読みくださいませ ↓
http://mainichi.jp/enta/art/news/20111124dde018070091000c.html
空海と密教美術展へ [展覧会]
空海と密教美術展 へ行ってきました
↓ いただいたビラ 資料から
詳しくは ↓ 東京都国立博物館 へ
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1393
拡大すると
買った絵はがき ↓
本館では三色紙が展示されていました 継色紙は 撮影禁止でしたが
↓ 寸松庵色紙
秋のつき山べさやかにてらせるはおつるもみぢのかずをみよとか
↓ 升色紙
いまははやこひしなましをあひみむとたのめしことぞいのちなりける
吹筆會展(2011年) [書道展]
酷暑から 一転 大雨で急に涼しくなった頃 吹筆會展が開かれました
大勢の方々 見に来ていただきありがとうございました
↑ は 福地桂玉先生の お作品 8点
↓ は タンポポで書かれた 「椿」
会場風景
特別展示 「先人の書」は 日替わり 初日は
故日々野五鳳先生のお作品
万葉集 (1160)
難波がたしほひにたちて見わたせばあはぢのしまにたづわたるみゆ
2日目
故森田竹華先生のお作品
万葉集 (1077)
ぬばたまの夜わたる月をとどめむににしのやまべにせきもあらぬかも
3日目は 会津八一 作品
をかのうへにわがいへをればののはてのいりひにふじのもえぬひぞなき 八一
4日目 画家熊谷守一 作品
五日目 本阿弥光悦の書状
会員作品の一部
帖(手習い歌のいろいろ)から
いろは
根津美術館 コレクション展 古筆切 [展覧会]
根津美術館のコレクション展 古筆切 ともに楽しむために へ行って来ました
裏面
拡大 ↓
詳しくは ↓
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html
故植村和堂氏寄贈の古筆もたくさん拝見でき
写経会でお世話になったころを懐かしみつつ
解説を読みながら興味深く楽しく拝見できました
↑ は購入したはがき から
伝西行の 「寺落葉」のお軸も出ていました
寺落葉
勢きてらや人毛可よ者すな利ぬれ者も見ちち里しくに者のを毛可奈
(せきでらや人もかよはずなりぬればもみぢちりしくにはのをもかな )
と書かれています
209年11月 新しくなった時の 根津美術館展 の記事は ↓
http://sanesasi.blog.so-net.ne.jp/2009-11-12
美術館へ入り口 いざなうような趣が
古筆拝見の疲れを癒されるようにお庭へ
雨上がりの木々の豊かな緑に誘われ カフェへ おいしい珈琲でした
毎日書道展 第63回展 後期展より [展覧会]
毎日書道展 後期展 開催中
かな部 近代詩文書部 前衛書など
会場風景
↑ 写真の隅っこの作品 ↓
東日本震災のあまりの衝撃的な映像に打ちのめされ 深い無気力感に襲われたころ
毎日展の作品作りをしていました
無常感にさいなまされ 書く気力が出てこないころ
陸前高田市の 7万本のうちの奇跡の一本松の記事に深く感動 ↓
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110330/dst11033008170011-n1.htm
毎日 短歌にならない短歌のような日記をつけています
その歌らしきを 作品にしようと 迷い迷い書いているうち 期日がせまり
出品いたしました
短歌も俳句も 書も 到りませんが 震災の年の我心の記録といたしました
「残りたる一本の松りん(凛)として宙(そら)へつらぬく冀望(きぼう)の星に
試練受く廃墟の町に桜さく」 さねさし
震災から もう130日も経ちました 希望に向って頑張っていらつしゃっても
日がたつにつれ悲しみ辛さも深くなっていられることでしょう
希望の一本松も枯れそうになり 復興のピンチにやきもきいたしました
涸れないようなご努力がなされ クローン技術で苗4本が育っているとニュースに
ほっとしたりしています
毎日書道展 第63回展のお知らせ [展覧会]
第63回毎日書道展 東京展が始まっています
毎日書道展 のHPは ↓
http://www.mainichishodo.org/ex_top.php
場所 国立新美術館
前期展 (漢字 大字書 篆刻 刻字)
(1期)7月6日 (水曜日午後1時から)~7月11日(月) 終了しました
(2期)7月13日(水曜日午後1時から)~7月18日(月)まで
後期展 (かな 近代詩文書 前衛書)
(1期)7月20日(水曜日午後1時から)~7月25日(月)
(2期)7月27日(水曜日午後1時から)~7月31日(日)
時間 10時~午後6時 火曜日 休館
特別展示 「宇野雪村の美」 全期間
会場でいただいた 新聞のコピー ↓
ビデオ 放映中
毎日新聞 最高賞文部科学大臣賞 ↓ 直後黒い塊・・・・・
東大寺大仏の世界 VR 東京国立博物館 [心の遠景]
お知らせ
(ビラ からの写真です)
東京国立博物館でのミュージアムシアターで
「東大寺の大仏の世界」を見てきました
大仏のお顔 真正面からの映像
台座の蓮のはなびらに刻まれた 「須弥山の世界」が解説とともにとても良かった
6月26日まで です
古筆 国宝 和歌体十種 東京国立博物館 [展覧会]
東京国立博物館へ 古筆 国宝 和歌体十種(巻物)を見に行ってきました
初めて拝見 高野切れ一種の書風に似て 飛雲の料紙の美しい古筆
親しみのある古今集の和歌などが書かれていました
説明の漢文「夫和歌者我朝之風俗也・・・・・天慶八年冬十月壬生忠岑選」と
書かれています
和歌軆十種
古歌軆
おかさはらへゐのみまきにあるるまもとればぞなづくこながそでとれ
わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
など 5首書かれ
神妙軆
わがきみはちよにましませさされしのいはほとなりてこけのむすまで
ほか4首
直軆 餘情軆 寫思軆 高情軆 器量軆 比興軆 華艶軆 と
九軆 巻物には書かれていました
あと一軆は 巻物の左に展示されていたお軸 ↓ に 切断されていたようです
両方彼思軆 として書かれていました
やまたかみくもゐにみゆるさくらばなこころのゆきてをらぬひぞなき
最後には 「右和歌軆十種一巻者
御子左一流忠家卿御親真也筆・・・・」
下部には 古筆「琴山」了佐 花押が かかれています
しかし↓ の解説によれば 忠家の真筆との確証はないそうです
写真をクリックして またクリックすると大きな文字になります
写真は 禁止の作品以外は国宝でも撮れましたが 上手く撮れませんでした
7月10日(日)まで 展示
詳しくは ↓ 東京国立博物館 へ 写真で巻物が見られます
短歌 仏足石歌体 楸邨の短歌 [短歌]
5月15日の NHK短歌 の放送に
俳人加藤楸邨の短歌が紹介されていました
「もう一度生まれてくれば何するか猫とあらそひ妻とあらそひ我とあらそふ」
5・7・5・7・7・7 の歌
これは 「仏足石歌体」という形式をとる歌体 と選者 坂井修一氏の説明がありました
「仏足石歌体」とは
仏足石歌(ぶっそくせきか)の歌体はすべて五・七・五・七・七・七の6句からなり
6句目はその前の5句目を言い換えたものが多くまた ほとんどが仏足石歌碑に
見られることから仏足石歌体と呼ばれています
薬師寺にあります「佛足石」と「佛足石歌碑」は国宝となっております
仏足石はまだ仏像が無かったころのインドで佛様の足跡を石に彫ってそれに祈りを
ささげる習慣からうまれ
歌碑は仏石跡を賛嘆した歌17首他4首が彫られています
奈良時代 1200年前の漢字 (当時は仮名がまだ生まれていなかったので漢字で表現)
拡大してみるととても素朴です
↓ に「佛足石歌碑」の写真が出ています
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E8%B6%B3%E7%9F%B3%E6%
仏足石歌碑の一番目の歌
「美阿止都久留伊志乃比鼻伎波阿米尓伊多利都知佐閉由須礼知々波々賀多米尓
毛呂比止乃多米尓」
御足跡(みあと)作る石の響きは天に到り地さへ揺すれ父母がために諸人のために
(字数が合いませんが)
同じく10首目は
「己礼乃与波宇都利佐留止毛止己止婆尓佐乃己利伊麻世乃知乃与乃多米麻多乃与□□□」
これの世は うつり去るとも とことはに さ残り坐せ 後の世のため 又の世のため
このほか 万葉集には1首(巻16 3884の歌) のみです
↓ に廣岡義隆氏の「佛足石記・佛足石歌碑本文影復元」 に歌が 書かれています
興味のおありの方は どうぞクリックしてごらんください(43・44・45ページ)
http://miuse.mie-u.ac.jp:8080/bitstream/10076/2597/1/AN101977030010005.pdf
俳人楸邨の 紹介された俳句は
「人間をやめるとすれば冬の鵙」
「百代の過客しんがりに猫の子も」
「百代の過客」は 芭蕉の おくの細道
「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也・・・」で有名です
李白の 春夜宴桃季園序 の一節に
「夫天地者 万物之逆旅 光陰者 百代之過客 而浮生若夢 為歡幾何・・・・・・」
夫れ天地は万物の逆旅(げきりょ) 光陰は百代の過客なり
而して浮生は夢の若(ごと) し 歓びを為すこと幾何ぞ・・・・・・
700年ごろ書かれていた漢字の興味はもちろん 当時の歌の形式が受け継がれ
中国の有名な漢詩の言葉が今も使われる 言葉の魅力 日本の美しい文学 伝統に
浸る喜びを感じます
白洲正子 神と仏自然への祈り 生誕100年特別展 [展覧会]
白洲正子特別展に 世田谷美術館 へ行ってきました
NHKテレビでこの展覧会の放送がありました その中で
焼損仏像残闕(千手観音像トルソー)のお話に惹かれ
今まで拝見したことのない不思議な雰囲気をかもし出すほとけさまにみえないような
ほとけさまをどうしても見たくて出かけました
ビラから
ビラ裏面
拡大しました ↓を読んでいただければ
やはり私には 焼損仏像残闕(千手観音像トルソー)の御姿に一番惹かれました
おりしも11時過ぎに携帯の地震緊急ブザーが鳴りました
館内では揺れは感じられませんでしたが 久しぶりにやや強い地震だったようです
震災に遭われた方々の苦悩を象徴するような観音像でした
その写真がビラや絵葉書にも ↓ のファイルにも載っていなくて残念です
熊谷守一の書 軸 「ほとけさま」もよかったです
↓ は売っていた絵葉書です
十一面観音立像 平安時代 白州正子旧蔵
武相荘 随分前に拝見したような気がします やさしいほのぼのとした気持ちに
させていただきました
売っていたA4サイズのファイルを広げて
ファイルの 中
「 白洲正子 ”ほんもの”の生活」 という本に
「気のみなもと 白洲正子の自筆歌帖より」 前登志夫氏が書いておられる
正子さんの短歌が紹介されています
「毛筆でのびやかにしたたねられた白洲正子さんの短歌は 「詠草」とのみ題され
「白洲正」という落款が押されている・・・・」 と
そのなかの 短歌を書かせていただきました
新薬師事にて
しづかなる林のごとくたてるかも名もいかめしき十二神将
ひた心たへつつ行かんこの野辺の千草の花はさかりすぐとも
復興祈願 余震 方丈記から [こころの近景]
東日本大震災が起きてから40日過ぎました
被災地の方々 徐々に回復の兆しはみられますが 日が経つにしたがって
かえって心労重くつらい思いをなさっていられることと思います
4月15日 神奈川県伊勢原市の日向薬師において
例年春季例大祭ですが 今年は東北関東大震災における被災地の
一日も早い復興と犠牲になられた方のご冥福を祈願されました
「辛卯」という今年 やはり辛い年となりました
4月9日の毎日新聞 「余禄」に書かれていた記事に
平家が壇ノ浦で滅びた元暦2(1185)年 京都を襲った大地震では
余震が3ヶ月も続いた と 中山忠親の日記「山槐記」に書かれている
「地震の事 今日に至る四十七日間一日も止まず 或いは四五度 或いは3度
或いは大動 或いは小動 皆その度ごとに声あり」と
鴨長明 の「方丈記」にも地震のことが書かれています
「また 同じころ(1185年)かとよ
おびただしく大地震(おほなゐ)ふること侍りき
そのさま よのつねならず 山はくづれて河を埋み 海は傾きて 陸地をひたせり
土裂けて水湧き出で 巌割れて谷にまろび入る なぎさ漕ぐ船は波にただよひ
道行く馬はあしの立ちどをまどはす 都のほとりには 在々所々 堂舎塔廟
一つとして全からず 或はくづれ 或はたふれぬ 塵灰たちのぼりて
盛りなる煙の如し 地の動き 家のやぶるる音 雷(いかづち)にことならず
家の内にをれば 忽ちにひしげなんとす 走り出づれば 地割れ裂く 羽なければ
空を飛ぶべからず 龍ならばや 雲にも乗らん 恐れのなかに恐るべかりけるは
只地震なりけりとこそ覚え侍りしか
かく おびただしくふる事は しばしにて止みにしかども
その余波(なごり)しばしは絶えず よのつね 驚くほどの地震
二三十度ふらぬ日はなし 十日・ 二十日過ぎにしかば やうやう間遠になりて
或は四五度 二三度 若は一日まぜ 二三日に一度など
おほかたその余波(なごり) 三月ばかりや侍りけむ
四大種のなかに 水・火・風はつねに害をなせど
大地にいたりては異なる変をなさず
昔 斎衡(さいかう 855年)のころとか
大地震ふりて 東大寺の仏の御首(みぐし)落ちなど いみじき事どもはべりけれど
なほこの度には如かずとぞ
すなはちは 人みなあぢきなき事をのべて いささか心の濁りも薄らぐと見えしかど
月日かさなり 年経にしのちは ことばにかけて言ひ出づる人だになし
・・・・・」
日本古典文学大系 「方丈記」参照
我が家の近く日向薬師の少し奥のあたりに
昭和13年に 山津波に流されてしまった浄発願寺の
奥の院 跡が残っています
流され埋もれていた石の像が 掘り起こされて 立てられています
ほとんど頭部無く かわりに石を載せてあります

この場所から やく1キロ下のほうで建替えられた
「浄發願寺」 文字は 徳川家康の師 寒松の筆 と書かれています
今年の近くの桜はことのほか美しく感じました
テレビの映像でみた 津波で押し倒された桜の枝に咲いた桜の花には
生きる力を与えられたような気がします
しかし一方で地震酔いの影響でしょうか 美しい花にさへ
津波を連想してしまいます
翁草の花
漢字とカタカナで書かれている
「大福光寺本方丈記」の 地震について書いてあるところを書いて見ました
変体かなを交えて ↑ と同じ文章を 和綴じ本に書きました (写真は部分)
方丈記大地震のこと記されおり余震を[なごり」地震は「なゐ」と さねさし
子規庵 [俳句]
東京根岸 子規庵へ (前記事 書道博物館の前にあります)
(上の写真をクリックすると大きくなります)
↑ ご自由にお持ちください いただいたちらし
玄関を入るまでは 写真はOKでしたが 部屋 お庭などは撮影禁止
受付でいただいたパンフレット
開いた裏面
ビデオ5分ほど見たあとボランテイアの方のお話をきき
子規の寝室にある机の上の芳名録に署名してゆっくりと 展示資料など拝見
とてもこじんまりとしたお家 お部屋いっぱい有名な方たちが集まられて句会
歌会が催されたとか
来庵者でこの日はたくさんの方たちで溢れそうでした
私がが訪れた日 4月2日
明治33年4月2日に 子規が詠まれた歌
「詩人去れば歌人座にあり歌人去れば俳人来り永き日暮れぬ」
部屋かおら庭を見ていると 小さな辛夷の木に挿してあった柑橘を
メジロやヒヨドリが啄ばむでいました
子規が眺めておられた小庭には水仙の花 菜の花 ボケの花美しく
蕗の薹はちょっと薹がたっておりました
↑ お庭に置かれていた ビラ (写真をクリックすると大きくなります)
↓子規庵 HPへ
子規庵の 前あたりに猫ちゃんが
帰る途中 素敵な根岸小学校
子規の句碑が ↓
「雀より鶯多き根岸哉」 子規
上の写真を大きくしてみました 写真をクリックすると大きくなります
4月4日 NHK 教育テレビ 俳句王国 番組で
「山笑う」の季題で子規の俳句
「故郷やどちらを見ても山笑ふ」 紹介されていました ↓
http://www.nhk.or.jp/haiku/tamakotoba/index.html
書道博物館 「拓本とその流転」 展へ [書道]
台東区立 書道博物館 中村不折記念館
「拓本とその流転」特別展へ行ってきました
↑入場券 ↓ パンフレット
会期 前期展示作品などは
http://www.taitocity.net/taito/shodou/shodou_news/shodou_news20110315.html
http://taito-culture.jp/culture/shodou/japanese/shodou_01.html
↓ 「書道博物館に学ぶ」 動画が分かりやすいです
http://taito-culture.jp/culture/shodou/japanese/shodou_guide_01.html
かな書道を主に勉強している私は平安時代の古筆の拝見にはよくでかけますが
印刷本でよく見ていますが 原石がもう失われた刻石の唐や宋の拓本
王義之関係の書蹟 楽毅論 黄庭経 十七帖
泰山刻石 九成宮醴泉銘 ・・・・等々
中国の有名な拓本を拝見してとても感動しました
上野の東京国立博物館 平成館 企画展示室においても同じテーマで開催中 です
館内は撮影禁止 お庭は写真撮ってもよいということで
蔵の本館の展示室の刻石や仏像 瓦当 墓誌 甲骨文などゆっくりと拝見
また お庭の蔵の周りに敷かれたタイル 丸い石など楽しみました
東日本大震災 良寛 「地震後の詩」 [こころの近景]
謹んで地震・津波・原発災害のお見舞い申し上げます
日ごとに大きくなる惨状に暗澹たる情に 一日も早い復興を祈るばかりです
都知事が「津波は天罰」の記事 「日本に対する天罰ですよ。これをどう受け止める
かという受け止め方の問題 大きな反省の一つのよすがになるんじゃないですか・・・
我欲を一回洗い落とす必要がある。 積年たまった日本人の心のあかをね。
これはやっぱり天罰だと思う。 被災者の方々、かわいそうですよ。」 など
その翌日この発言を撤回され謝罪されたという記事を読み
ふっと 昨年京都の何必館で 没後180年 「良寛遺墨展」三条大地震の詩歌を
拝見したことを思い出し 手持ちの本を調べてみました
↑ は 昭和49年ごろ 大修館書展発行の [ 良寛の書」
この本の中に 「地震後之詩」が出ていました
加藤僖一氏の解説によると
「地震は文化11年(1828年)11月12日におこった三条(新潟県)大地震のことで
死者1400人 倒壊家屋9800戸 焼失家屋1200戸とつたえられている
良寛71歳の出来事
この詩に述べられた地震のすさまじい描写もさることながら
それが天災ではなく人災であって むしろ天罰が遅すぎたのだと言い切っている
良寛の時代も現代も少しも変わっていないと痛感させられる
良寛が慨嘆しているようないやらしい人間が まわりにウヨウヨしている ・・・・・」など
と記されています
詩の内容は
http://www.geocities.jp/my_ryoukan/kouza412.html を参考に書かせていただきました
来る日も来る日も夜も肌をさすように寒い 空一面に黒い雲 日の光も薄く
地面いっぱいに激しい風が雪を巻いて飛ぶ 激しく荒い波は天に届くばかり
大きな魚も漂い 余震のたびに壁が揺れて鳴り人々はおびえ哀しむ
40年このかた振り返れば世の中が浮つき贅沢になっている まことに馬が駆ける
ような速さである まして長い間安らかに治まっていたことに頼って人々の気持ちが
ゆるみ よこしまで鬼のような者は群れをつくり 競ってこれに乗ずる
人情や道義はたちどころに滅び 真心や思いやりはまったく知る人もいない
もうけになる話になると毛の先ほどのわずかなものにも争い
人の道を説く人を愚か者とする 自分を偉いと思い 人をだますのをやり手だと称し
土の上に泥を加えるようなあさましいおこないをして 終わる時がない
・・・・・
都知事の発言はこの良寛の詩の心と重なるような気がします
決して災害の遭われた方が天罰 とはおっしゃっていられないのですが
神奈川県に住む我が家の近くも ガソリンスタンドが閉鎖されたり
買うまでに随分長い間待たなければならなかったり
計画停電の発表からスーパーも買い物客で溢れたり品切れがでています
今の世の風潮が軽はずみでむなしい時代 あまりにも大きな犠牲を払う
警告だったような気がします
災害に遭われた方々に本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです
良寛の和歌 (上の本に出ていました 地震後の三條へ行ったときの和歌)
三條の市に出て
「ながらへばことや思ひしかくばかり変はり果てぬる世とは知らずて」
「かにかくに止まらぬものは涙なり人の見る目も忍ぶばかり」
逸翁美術館 古筆と平安の和歌へ [展覧会]
逸翁美術館(大阪府池田市)へ 古筆と平安の和歌 展へ行ってきました
逸翁美術館のホームページ ↓
小林一三氏が収集された古筆とは? 継色紙とは?という興味があって
初めて訪れました
後期の展示であったため 一番見たかった継色紙が見ることが出来ませんでした
買った絵葉書きから
「あまつかぜくものかよひぢふきとぢよをとめのすがたしばしとゞめむ」
古今集 百人一首の 僧正遍照の和歌です
本などの写真で見ると筆の命毛が紙にかからなくて重ねて引いてあるようにみえて
気になる一首でしたので 本物をぜひ見たかったのですが非常に残念でした
宝塚歌劇を創設された翁でいらっしゃる方が
この一首の継色紙をお持ちでいられたことになるほどと思ったりしました
継色紙は小野道風の筆と伝承されています
美しい斐紙の染紙に見事な散らし書き 余白と点画 行の間隔 墨継の妙など
空間美は現代の大字かな作品を書く時の参考になります
今では一幅数億円といわれています
継色紙について少し書いてあります ↓
http://sanesasi.blog.so-net.ne.jp/2010-04-02
展示中作品 記憶に残っているのは
・藍紙万葉集 ・香紙切れ ・本阿弥切 ・佐竹本三十六歌仙切
・和泉式部集切 建礼門院右京大夫集切 手鑑「翰墨場」・・・・
・特別展示 「茶室の室礼」 床は 烏丸光広筆 富士画賛
展示の古筆 お表具が渋さの中に艶やかさを覗かせた関東で見る古筆の幅とはちょっと違うような気がしてやはり翁のお好みかもなどと想像して返りました
小林一三記念館へ
写真は撮ってもいいとのことでした
お庭に碑が
「鶏鳴暁を破って七返る初日出かな 逸翁
小林一三翁(号逸翁)
明治6年1月3日生まれ 昭和32年1月25日没 享年85歳
十二支が七回返った昭和三十二年元旦に詠じた最期の句で翁は酉年であった」
と書かれています
一階お部屋
2階奥さまのお部屋
お庭の ひ ふ み
古筆 古今和歌集(高野切第三種ほか)の展示 [展覧会]
東京都国立博物館 本館2階で 古筆の展示を見に行ってきました
故書家森田竹華先生が持っていられた高野切三種の巻物を
亡くなられてから東京都博物館に寄贈された重要文化財です
↓ をクリックしますと 写真がみられます 拡大してみてください
作品の写真は 写真禁止以外は撮影が出来ますので 撮らせていただきました
下は上の解説です
巻第19 1057よみ人しらずの歌
「なげきをばこりのみつめて足引きの山のかひなく成りべらなり」 から
1066の「梅の花咲きての後の身なればやすきものとのみ人の言ふらむ」 まで
書かれています
高野切は
・高野山で一部があったことから高野切と呼ばれ
・紀貫之が選した古今集20巻を3人の筆者で書かれ
第一種 第二種 第三種とあります
・この三書風は平安時代のかなの美の最高といわれています
・本物の古筆を拝見することは仮名書の黎明期の書が新しく見え
心のふるさとのように吸収されて行く思いがします
・「切」とは断片の意味で バルブ時代 一行が2500万とつけられた頃が
あったそうです
この高野切第三種は
・書風は直筆で単純明快 字形は空間を大きくとっていて わかりやすく
臨書の稽古の初めによく利用されます
・料紙は 表面意雲母砂子(きらすなご)をちらした上質の麻紙で
・「切」とは断片の意味で
このほかの古筆の展示は ↓を
古今和歌集 三輪切
一行に書かれていたのを拝見したのは初めてです
巻子本古今和歌集
蝋箋というお料紙に書かれています
(紙の裏面に版木をおいて表面に蝋をひき胡粉を透明にして文様を摺ったもの)
古今伝授書
下の写真をクリックすると大きくなります
右端の書かれてある内容を拡大すると
3月21日まで展示中です
このほか 惹かれたのは 「古経貼交屏風」でした
次の部屋にはお雛様が飾られていました
左側の屏風
右から
紀貫之 伊勢 僧正遍昭 小野小町 高光 信明朝臣
の古今集の和歌が書かれています
金子みすゞ展 [展覧会]
金子みすゞ展へ 日本橋三越本店へ行ってきました
最終日の前日 日曜日会場は満員でした
いただいたビラから
裏面
拡大すると
上の写真 遺稿手帳3冊の展示が 一番惹かれましたが
開かれていなかったのが残念
池内淳子さんのビデオでお話されているお顔お姿に感深くいたしました
メッセージを寄せられた著名人の方々の 文章 文字 現代かな使いの詩
その横に みすヾさんの 書かれた
旧仮名使いの詩(コピー)文字に魅かれました
画家の中島潔さんが 日本画 漫画家の里中満智子さんのイラスト
作曲家の故中田喜直さんや 浜圭介さんお楽譜
みすずさんの娘 ふさえさんの言葉や
歌人の今野寿美氏の短歌など
ほほゑみがここにもひとつとふように露のことばのいづみすゞしも
藤田朋子さんのHP ↓
http://ameblo.jp/tomoko-fujita/entry-10793045526.html
ちばてつやさん のHP ↓
http://ameblo.jp/chibatetsu/entry-10792551453.html
金子みすヾ詩集 ↓
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/5778/
詩を書かせていただきました
つもった雪
淡雪
つゆ
げんげ
もくせい
NHK全国短歌大会 (平成22年度) [短歌]
NHK全国短歌大会 NHKホールへ行ってきました
開場後 15分過ぎ たくさんの方が
開演を待つまで ホールのロビーで 食事をしたり
入選歌などを 筆で短冊や色紙に書いていただける場も
いよいよ開演
壇上は 選者20人 特選歌の作者たち 華やかにはじまりました
挨拶NHK学園理事長のあと
司会 濱中アナウンサー 特選歌朗読は 加賀美幸子さん で始まりました
放送は NHK教育テレビ 2月6日(日)午後3時~3時59分
入賞作品などは ↓ をクリックしてみてください
http://www.n-gaku.jp/life/tanka/h22/index.html あるいは
http://www.n-gaku.jp/life/tanka/h22/pdf/tanka_01.pdf
短歌大会賞 などは やはりいいお歌でした
作者のインタビューも楽しく 開場が沸きました
テレビ放映楽しみにしています
昨年の大会で 選者故河野裕子氏が 壇上で選評中しばらくの間お声にならない
静かな時がありました
今年はご主人の永田和宏氏の特選に選ばれた歌の選評を聞きながら
昨年の情景 河野氏の座っていられた場所まで思いだしました
加賀美氏の朗読は心地よく素晴らしく そのあと選評を聞き入っていられるお姿に
今も耳に目に残っております
皆さんのいいお歌に比べ 私の応募した歌にがっかりしてしまいましたが
私の参加作品
佳作
・葉の裏に足一本でこらへをるうつ蝉一つ秋風の中
入選歌
・百歳の医師の元気な源は「葉っぱのフレディ」なるミュージカル
・少数に涅槃寂静大数に不可思議の名のあるを古希に知り
七十台に入ってから こんなこと知らなかったのかと気づくこといっぱい
短歌は我流 勉強もしないで只作るだけです 脳の運動になるかと
今年は 短歌で日記をと作っています 楽しみでありますが いつまで続きますやら
(数の単位 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%98%E4%BD%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7)
歌会始 「葉」 [短歌]
歌会始の儀が 14日 皇居宮殿であり 御題「葉」にちなんだ歌が披露されました
平成二十三年歌会始御製御歌及び詠進歌 ↓をクリックするとでております
http://www.kunaicho.go.jp/culture/utakai/pdf/utakai-h23.pdf
天皇陛下御歌
五十年(いそとせ)の祝ひの年に共に蒔きし白樺の葉に暑き日の射す
皇后陛下御歌
おほかたの枯葉は枝に残りつつ今日まんさくの花ひとつ咲く
まんさくの花 昨年家の近くで撮った写真です
とてもいいお歌ばかりでした
心惹かれた歌は
入選者の 丹波陽子さんのお作
一字一字指しつつ読みぬ木簡の万葉仮名の「波留久佐乃皮斯米」
この歌に詠まれている 木簡のことはたぶん下記のことだけ思います
2006年に難波宮跡で出土した7世紀なかごろの木簡に
「春草のはじめの年」という歌の冒頭とみられる語句が
「波留久佐乃皮斯米乃刀斯」と万葉仮名だけで書かれていました
木簡の写真などは ↓ を参考に 見てください
http://www.geocities.jp/yasuko8787/naniwa.htm
今年はとても美しい銀杏黄葉でした
銀杏の葉 を詠まれた歌についつい目がいってしまいまいた
私も応募しました2万余点のなかの1点に含まれています
歌は今 小さな展覧会で出品中の 下の写真のなかの一首です
平成23年歌会始めの御題によせて「葉} 短歌展書展
渋谷 ギャラリー6で明日16日から21日まで開催中です
「葉」の文字の入った7首をお料紙に書いて 軸装仕立てです
裏山の樹々の葉はみな萌え出でて溢るる力宙に放ちぬ
ひかりさす瑞々しき葉心地よくわが身の奥へ沁みてゆく朝
夏落ち葉掃く人の微笑み仏のごと朝庭に鶯のなく
わが生の山並いくつ越えしかば散りしく落葉ひた踏みてみる
言の葉の破片(かけら)集めて織り出だす詩(うた)の心の難しきかな
春桜夏は万緑秋紅葉冬穂芒と愛しわが里
わが生の飛花落葉の過去記す伐りし桜の年輪数ふ
追記
今日1月24日 近くへ
歌会の皇后様のお詠みになられたまんさくの花探しに行きました
たくさんのまんさくの木のなか 一本の木にだけ花が咲きはじめていました



















































































































































































































































































