良寛とゆかりの人々展 中野邸美術館(新潟)へ [展覧会]
5月13日 新潟の中野邸美術館へ 「良寛とゆかりの人々」 展へ行ってきました
新緑に誘われて 三の蔵へ ↓
蔵の重厚な黒と白の開かれた扉の間からみえる 大きな お軸に引きつけられて
入りますと
良寛の 「十大願」 でした
撮影禁止ですので 紹介は出来ませんが
「南無大悲観世音」 を一行ごとに書かれていて
願我速知一切法
南無大悲観世音
願我早得知慧眼
南無大悲観世音
願我速度一切衆
南無大悲観世音
願我早得善方便
・・・・・・・
・・・・・・・
観世音菩薩の 十種の大願が書かれています
「良寛の書」大修館書店 編集者 加藤僖一 という本に
一部 および 同じ十大願でも 書風も違い
巻物でふりがながついている作品も記載されています
このほか 維馨尼宛 「先日は久々にて」 の書簡
「 先日は久々にて
御目にかけ大
慶奉存候 僧も
此比無事に帰
庵仕候 今日御話
申候 万葉借に
人つかはし候 権平
老によろしきよふに
御申可被下候
猶又寒中
御保養大一 に被遊可候 十月十日
維馨尼 良寛 」
簡潔な文章 萬葉とは万葉集を借りる お願いでしょうか
「山田杜皐老 良寛
今日赤人たまわり うやうやしく納受仕候 火とわれとさむし
すきま風いづくもおなじおひらくの身は
十一月二十七日 良寛」
定珍老 宛
「去冬は とふがらし・・・・・・」
など 十数点の書簡
二時間ほど 館長様の説明を聞いたり 内容や言葉を読みながら
出す相手によって 言葉使いや文字の違い 墨色など
ゆっくりと拝見できました
2階には良寛ゆかりの方々の 書や絵が展示されていました
5月31日まで です
あと本館へ
館長様の許可を得て 写真撮らせていただきました
欄間の富士 むこうの明かりが 隙間にさし白富士にみえます
ガラス窓に映る庭のうつくしいこと
三の蔵の 外壁の亀甲模様に緑も映えて
信越線 車中から 国上山方面に向かって 田植えはほとんど終わっていました
良寛 書状 風まぜに雪は [心の遠景]
東京国立博物館 本館へ古筆を観に行ってきました
良寛の書状 ↓ が展示されていました
ふとん當ま者利うやうやしくおさめまいらせ候
春寒信にこま利入候
然とも僧は無事爾過候
ひせむも今ハ有可無可耳な利候
閑せませ耳雪者ふ里起ぬ 雪ま世爾風者ふききぬ宇川美ひ耳
あ志散之能へて都礼つれ東久斜乃以報理爾東ちこ毛利うち可処
ふ礼八起散羅幾をゆ面能こ登く耳数起耳計過ぎ二しも
都起与め者数て爾や餘悲爾
那利ぬ礼東ぬへの和可奈喪川萬春安里个利
みう多の可へ之
極楽乃蓮能うてなをて爾と利て和礼耳おく留者起美可神道
いささらば者知春能う弊耳 有ち能羅無 与之や蛙東人八いふと毛
や与ひ 二日
由之老 良寛
ふとんたまはり、うやうやしくをさめまゐらセ候。春寒信にこまり入候。然ども、僧
ハ無事に過候。ひぜむも今ハ有か無かになり候。
かぜまぜに 雪はふりきぬ 雪まぜに 風はふききぬ うづみびに あしさしのべて
つれづれと くさのいほりに とぢこもり うちかぞふれバ きさらぎも ゆめのごとくにすぎにけらしも
つきよめば すでにやよひに なりぬれど ぬべのわかなも つまずありけり
みうたのかへし極楽の 蓮のうてなを てにとりて われにおくるは きみが神通
いざさらば はちすのうへに うちのらむ よしや蛙と 人ハいふとも
やよひ二日
由之老 良寛
漢詩 風まぜに 雪は降りきぬ・・・
和歌月よめば・・・の歌 を
今年雪の降った時に撮った写真を加工した紙に書いたのがありました
このほか ↓は我が師 筒井敬玉先生が 持っていらっしゃった
光悦の書状です
寄贈され 久しぶりに拝見出来 懐かしい思いがいたしました
江戸へノ便宜 御知本望存事候
遠路事 不得申候
茶四郎二郎へノ書状進之候
慥御届たのミ申候
頓首
十三 光悦 (花押す)
(封) 山久老 光悦
↓ 一茶の 自画賛 お軸
亀どのの いくつ の としぞ富士の山 一茶
解説には 亀の長寿を 富士(ふし) 不死 にかけてあるそうです
本館から正門までに いた すずめ
5月6日(日)まで 本館8室
さくらだといふ 山村暮鳥詩 [こころの近景]
今年の桜はことのほか美しく
「桜花いのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり」(岡本かの子)
お花見に行ってきました
千鳥が淵
千鳥が淵
新宿御苑
新宿御苑
↓ からは 我が里の桜です
近くの小さな神社
近くの 飯山 長谷寺
近く小野玉川の辺に 猿も 花見に
我が家のオオシマサクラ
桜の美しさに 魅せられつつも
山村暮鳥の 詩 が 浮かんできます
さくらだといふ
春だといふ
一寸(ちょっと)お待ち
どこかに泣いてる人も あらうに
神奈川写真研究会 写真展 [写真]
神奈川写真研究会に入れていただいてあっという間に 4年経ちました
今回の写真展に参加させていただきました
伊勢原市立中央公民館 正面入り口
1階ホール
A3ノビ 作品70点 のほか いろいろ
私の写真です
このほかに
フォト575の写真も展示させていただきました
失言を吐きし後悔 鬱の春
夜半の窓ヤモリのショーを楽しまん
七十路は上り坂なり秋茜
心から話せる人の居て涼し
世界一と話題になりぬ春彼岸
復興へ希望の種のひとしづく さねさし
先生の作品お持ちくださった方々 東日本大震災の義援金として
箱に入れていただきました お陰様でたくさんあつまり 伊勢原市に
渡されました
東京国立博物館へ 白氏詩巻ほか [展覧会]
関東大震災から一年目の11日
東京国立博物館へ行ってきました
本館国宝室では 藤原行成筆の「白氏詩巻」が展示されていました
2007年にも展示された時に見た 記事は ↓
http://sanesasi.blog.so-net.ne.jp/2007-05-28
良寛の自詠の漢詩が書かれた「詩書屏風」
↓ は 仏説転女成仏経 平安時代
解説には
「この経典は女人の成仏を説くものとよくしられている 本巻は
高貴な女性の供養を目的とし その人物の書いた消息を料紙としたもの
消息の文字のある面を表にして継ぎ 金界を施し 第一紙のみに
金字で経文が書写されている」 と書かれていました
和漢朗詠集 伝寂蓮 鎌倉時代
雲紙の料紙に「和漢朗詠集」 巻上の冬を 書写した断簡
書以外では
黒田清輝特別展
映像ダイジェストはYouTubeのTNM & TOPPANミュージアムシアターチャンネルにてご覧いただけます
を見た後 平成館で展示されている 実物土偶などを見に
「日本の考古」特別展へ
小治田安万侶墓誌 ↑ や 文祢麻呂墓誌 の
銅製鋳造板に掘られた文字に吸い寄せられました ↓
四角いのは 死後の世界へ入る石室の 戸
特に上の方の 解説文 ↓ を読んでいるうちに 大震災でなくなられた方たちに
思いを馳せてしまいました
帰り「不忍池」を散策していると 手乗りスズメに 思わず パチリ
古筆手鑑 国宝「見努世友」「藻塩草」展へ [展覧会]
出光美術館へ 古筆手鑑 国宝「見努世友」「藻塩草」展を見に行ってきました
手鑑のほか 高野切第一種 継色紙 石山切 中務集など も展示されていて
とても見応えのあるいい展覧会でした
展覧会のみどころ 出品リスト 写真などなど
出光美術館のホームページ ↓ に詳しく 書かれています
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html
いただいた資料 ↓
裏面
部分拡大
高野切第三種
高野切第一種
「見努世友」は徒然草の十三段 からつけられたとか
「ひとり灯のもとに文(ぶん)をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、
こよなう慰むわざなる。
文は、文選(モンゼン)のあはれなる巻々 白氏文集(はくしのもんじふ)、
老子の言葉、南華(なんか)の篇。 この国の博士どもの書ける物も、
いにしへのは、 あはれなる事多かり。」
文中にある 白氏文集 は 中国 唐の白居易の詩文集
↓をクリックすると
京都国立博物館所有の 重要文化財としての詩文集「白氏文集」の古写本
(嘉承2年(1107)5月、藤原茂明(知明)によって書写されたもの)写真でみられます
今東京国立博物館本館二階 国宝室で
詩文集 巻第65のうちの8篇の詩を揮毫した 国宝の藤原行成筆
「白氏詩巻」が 展示されています
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=2894
3月18日までです
関西の 逸翁美術館の 「谷水帖」は 平安の古筆だけを集めた
とても品格のある帖でした
下の写真は
谷水帖に貼られていた 古筆のはがき 売っておりました
高野切第三種
石山切 伊勢集 伝藤原公任
石山切 伊勢集
↓ は 出光美術館蔵 の
石山切 「貫之集」下断簡 藤原定信筆
藻塩草については
京都国立博物館所有 ですが ↓
↓をクリックされると 国宝として写真 説明がされています
3月25日まで 月曜日お休み
約二時間近く拝見した後 美術館の心づかいの お茶をいただきながら
九階から見下ろすと 皇居の桜田門のあたり たくさんの方々が見えます
(コンパクトデジタルカメラ で)
楠木正成像も
眼の前に ユリカモメが
お堀にはたくさんの ユリカモメ
エリオット ア-ウイットが見つめたパリ [写真]
シャネル銀座ビル四階のシャネル・ネクサス・ホールで開催中の
エリオット アーウイットが見つめたパリ を見てきました
会場入り口に置かれていた ビラ から
詳しくは ↓ でお読みください
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2012/erwitt/index.html
1940年代 50年代 のモノクロ写真 詩情漂う写真に魅せられました
ワンちゃんたちのユーモアあふれる温かい写真に思わずほほ笑んでしまいました
エリオット アーウイット の作品数点 昨年必何館での展覧会 ↓ で
見られます この中の一枚目の 犬が飛び上がっている写真は展示されていました
http://www.kahitsukan.or.jp/elliott11/index.html
フォト575 [フォト俳句]
1月27日で NHKBSプレミアムで放送されていた
カシャッと一句 フォト575の
番組が終わってしまいました 5年間のうち何度か投稿しておりましたが
昨年はほとんど出来なくお休みしていて 今年から又はじめようかと
思っておりましたら終わってしまいました
今年のお正月ごろ 応募した一点が
入選させていただきました ↓
七十(ななそじ)路はまだ登り坂秋茜 さねさし
俳句はまったく素人 何も分からぬまま 上の句も
「七十路はまだ昇り坂秋茜」 か 「七十路は登り坂なり秋茜」 か
「まだ」 か 「なり」 どちらがいいのか 分からぬ程度
厚かましく前記事の俳句大会に行き 俳句について分からないことを
教えていただくコーナーに聞きに行きました
俳句の先生は 「なり」の方が 広がりがでるのではと おっしゃってくださいました
又写真をヒントに俳句の作り方指導していらっしゃると伺いました
先日あこがれのダイヤモンド富士を見ることが出来ました
俳句は 本当にむずかしいです
NHK全国俳句大会 (平成23年度) [俳句]
今日22日 NHK全国俳句大会に行ってきました
昨日の短歌大会より大勢の参加
桜井洋子アナウンサーの総合司会 鈴木桂一郎アナウンサーの特選句披講でした
応募作品も44,617句と多く 又最高齢者は103歳とのことでした
結果発表は ↓を
http://www.n-gaku.jp/life/haiku/h23/
会場内は NHK学園のパンフレットがいっぱい
又俳句について分からないことがあれば 教えていただける コーナーや
入選句などを色紙などに書家が書いていただけるコーナーなどもあり
たくさんの参考書が置かれていました
わたしの好きな俳句は
「立山の雲の中なるお花畑」 大久保文夫氏
年輪大賞をいただかれた
「立山を仰ぎ見て汲む岩清水」 村田武久氏
「しばらくは余震忘るる花の旅」藤井黎子氏
「滴りとなる一瞬のゆがみかな」小松章子氏
「足音をきき分けてゐる寝釈迦かな」 今口雪子氏
「手話の指雪の深さを語りけり」 平井光枝氏
鷹羽狩行先生が特選に選ばれた句
「天上は一枚の紺蕎麦の花」渡辺節子さん
鷹羽先生の ご批評 「カメラをやっていられると聞き 構図が素晴らしい
色彩も美しい・・・句の背景に空間が感じられる 本当に美しいものを
明るく 希望につながる句・・・・」と いいご批評でした
NHK全国短歌大会 (平成23年度) [短歌]
冷たい雨の降る大寒の今日 NHKホールへ NHK全国短歌大会に行ってきました
寒さと雨の為か昨年よりも参加者が少なかったようですが
幕が開くと華やかな晴れやかな舞台 日曜日短歌の司会をされている 濱中アナウンサーの総合司会で始まりました 特選の作品の朗読は今年も加賀美アナウンサー 情感のこもった朗読と作者の言葉をしっとりと読み上げられました
入選作品集のご挨拶に
・・・・ 題詠と自由題をあわせて23、839首にのぼりました 今回の題詠である「立」では、世代や環境の違いを超えて、暮らしあるいは人生を見つめ直し、自らの心と言葉のあり方を模索した作品が、とりわけ目につきました。・・・・・
と書かれています
3人の選者から特選をいただかれた 大会大賞の村上英明氏の歌
「俳諧ではないと家族にメモ残し夜の海辺で待つ流れ星」
特選 桑野智章氏の
「残像とはおそろしきもの消してあるテレビが映す津波の映像」
は 私の気持ちをそのまま上手に詠っていただいた気がしました
松本恵子さんの歌 胸に迫る重いがしました
「遺体あり」と赤い布つき竹棒を立てつつ進むとにかく進む」
結果発表は NHK学園 ↓ をクリックすると見られます
http://www.n-gaku.jp/life/tanka/h23/
私の入選歌は 締め切り間際に投稿した 題詠 「立」の歌
「残りたる一本の松凜として女神のごとく立ちをり」
震災後 高田の一本松のニュースには涙があふれ出るほど感動いたしました
枯れそうだというニュースにやきもきいたしました
とうとう枯死状態との宣告を受けてしまいました
「一本の奇跡の松こそかなしけれ落ち葉色して虚空に耐ゆるを」
毎日日記のように短歌にもならない歌らしきものを作っております
師にもつかず 全くの独りよがりの歌で たまにNHK短歌に投稿することがありますが
入選したことがありません
歌会始 「岸」 [短歌]
新春恒例の宮中行事 皇居・宮殿 松の間で 「歌会始の儀」
NHKでの放映をみました
今年のお題は「岸」
約1万9000首の応募に 入選者10人
召人 堤清二さん 選者 永田和宏さんの歌 に続いて
皇族方々 皇后様 天皇陛下のお歌が披露されました
平成二十四年歌会始御製御歌及び詠進歌は ↓ をクリックすると見られます
http://www.kunaicho.go.jp/culture/utakai/pdf/utakai-h24.pdf
天皇陛下の御歌
「津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる」
皇后様の御歌
「帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず」
胸に迫るようないいお歌と感慨深く聞かせていただきました
入選歌では
福島県 澤邊裕栄子さん
「巻き戻すことのできない現実がずつしり重き海岸通り」
奈良県山﨑孝次郎
「相馬市の海岸近くの避難所に吾子ゐるを知り三日眠れず」
など 感動いたしました
↑ は日比谷の出光美術館から見下ろした皇居のお堀です
私もお恥ずかしい歌ですが詠進いたしました
下は詠進歌とは違いますが 御題 「岸」を詠みました
前記事の日書展に出品した作品です
暮れなづむ小野玉川の岸の邊に地蔵かこみてさく曼珠沙華
↑ は 小野のあたりの玉川
小野は 古事記の オトタチバナヒメの歌
「さねさし相武の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも」
相武は 今の相模のことで小野は厚木市にある小野という説もあります
さねさしは 相武のまくら言葉です
毎年 歌会初めのお歌が発表されますと
平安時代の装溝と同じように作られた帖に 書いております
表裏に書けるお料紙を
糸で綴じた 襲綴じという 帖になっています
天皇陛下から 皇族方 選者の方々の歌 など
に続いて 私の歌10首を記録のように書いております
今年でもう10冊以上になりました
この帖は もう10数年ほど前 作り手が居なくなり
作っているところから在庫を全部送っていただいたものです
今は売っていないかと思います
新春の書道展めぐり (辰年) [書道展]
新春の書道展をめぐってきました
現代の書 新春展 今いきづく墨の華
和光ホール30人展
http://mainichi.jp/enta/art/news/20120101ddm010040011000c.html
セントラル会場100人展
会場入り口 出品者のはがき大くらいの 今年の干支の作品
↓ は 会場風景
第66回日書展
↓ をクリックすると毎日新聞 「書の世界」記事に紹介されています
http://mainichi.jp/enta/art/news/20120105dde018070081000c.html
書燈社新春展
銀座美術館
↓ は会場風景
現代書道20人展 1月10日まで
小品展が別館5階
丑年生まれの書作家による雅涎会書展 銀座画廊 8日まで
その他
東日本大震災復興支援に収益金を寄付される
毎日新聞新春チャリチィー書展
銀座松坂屋別館カトレヤサロンで 1月10日まで
一日に7書展をめぐって 宵6時過ぎ 銀座4丁目交差点から
和光のショーウインドー 辰年にふさわしい華やかさでした
今年は みずのえ 辰
水といえば雨 雨の下に 辰という字を書くと 震
震えるほど感動する 書が見られるような佳き年になりますように
あけましておめでとうございます(辰年) [こころの近景]
あけましておめでとうございます
今年の初日の出は雲の間から拝することができました
我が家のすぐ裏から
暖かな穏やかな元朝を迎え 今年こそは佳き年となりますように
五福祥来 とは
五つの幸福がめでたく集まってくる意で
五福とは 長寿 富裕 無病息災 徳を好む 天命を全うする ことだそうです
今朝の毎日新聞神奈川版に 神奈川県内在住書家の挨拶が
左から二列目 上から四段目 が私の 「辰」 です
日の出の頃の雲 から 武者小路実篤の言葉を思い出しました
龍となれ雲自づと来たる
このごろ歌ったことのない 唱歌
「一月一日」千家尊福詞
辰年の年賀状の稽古 [くらしの書]
来年辰年の年賀状の稽古をしました
お稽古したみんなの年賀状一部を机に並べてみました
下は参考作品です
一部拡大すると
来年こそはと願いを込めて
今年は震災という心苦しさがあり 難しい年賀状となりそうです
法然と親鸞 ゆかりの名宝 [展覧会]
法然と親鸞 ゆかりの名宝 へ
東京国立博物館入り口 の看板 ↑
平成館 入り口の看板 ↑
↓ ビラ 表
裏面 ↓
↓ をクリックしますと 展覧会の見どころ へ ぜひ
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404
国宝重文90件をふくむ180件の名宝のなか
たくさん書が展示されていました 特に 興味深く拝見したのは
・本願寺本三十六人家集 (能宣 下)
残念ながら写真(重之集)は展示変えのため見られませんでした
藤原公任の選による三十六歌仙の私家集の最古写本 豪華な美術品のようなお料紙に
書かれた冊子本 書 美術 国文学上貴重な古筆
かな書道を勉強する人たちには 臨書のお手本として 貴重な古筆
・歎異抄 下巻(蓮如筆)
(1枚目 2枚目の看板写真の 文字)
現代書作品には カタカナの入った作品はあまり見られません
歎異抄(1枚目 2枚目の看板写真の 文字)は
漢字とカタカナだけで書かれていて これからの漢字カタカナ交じりの
現代かな書作品のヒントをいただきました
・恵信尼自筆書状類
親鸞の妻恵信尼が京都にいた娘確覚信尼に宛てた書状
なめらかなに流れるような優しい文字に ほっとする思いがしました
2時間ほど見た後 上野駅に帰る途中 文化会館に映る銀杏黄葉 ↓
原子朗墨戯展 [書道展]
原子朗墨戯展の案内に惹かれて 展覧会を拝見に行きました
内面
拡大
としのせは曽孫よりかるき枯れ枝かな
展示作品に惹かれた言葉
山河勿(なかれ)慟哭 雨中聴真言 (賢治句)
山河微笑 不立文字 有為(ゆうい) 密眼
おれたちはことばのうみにすむさかな
だれだことばをへらしてゆくのは
あしたははたけぞくさむしり
新橋の近く長谷川画廊 小さな会場ですが 先生いらっしゃっいました
私のことなどあまりご存じない筈ですが とても気さくに楽しいユーモアの
あるお話をしていただきました
詩人で早稲田大学の名誉教授 宮沢賢治イーハトーブ館長さまでいらっしゃる
先生のお作品はもちろん そのお言葉に感動 またユーモアのある洒落っけさに
また左手で書かれたお作品など
展示のはじめの方に「養古素」 終わりの方には 「娯苦勞賛」の作品が
書家の個展や展覧会とは全くことなる 自由さに 本当に楽しい個展でした
↓ は 私の好きな詩
四月の歎語
――蕾たちに――
きみは四月の中にいて
忘れてしまわないだろうか
残酷な季節の偶然を
いたましい春の犠牲を
きみが芽を出すとき
きみの肩からすべり落ちた
多くの露のくぐもる叫びを
露たちのたまゆら写した空の青さを
人生はたった四つの季節の輪廻
五つ目の春がくれば
きみの一つの時代がおわる
その五つボタンのきみのヴェストを
生涯きみは身につける
むらさきの花びらを外へそらせて
カタクリの花が咲いている
ミズバショウが純白の花びらを
いっぱいにふくらませている
銘記せよ きみの春もすぐおわると
きみよ のどもとのボタンをつめよ
ボタンをかけちがえるな
日本の美・発見V 出光美術館 [展覧会]
大雅 蕪村 玉堂と 仙厓 日本の美・発見 「笑」のこころ を観に
出光美術館へ行ってきました
↓ をクリックすると詳しく出ています
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html
蕪村
嵐山の花にまかりけるに俄に風雨しければ
いかだ(筏師)のみの(簑)やあらしの花衣
写真は絵はがきから
蕪村の句をよく書いている私にとって
↑ の作品 とても興味深く拝見
10月16日のNHK俳壇のゲストに出ていられた森村誠一氏が
蕪村や芭蕉の作品は
写真俳句だとおっしゃっておられました
道灌まつり 山吹伝説 [心の遠景]
がんばろう!日本 伊勢原から元気を!! と
道灌まつり が 10月1日2日 に
太田道灌公鷹狩り行列 北条政子日向薬師参詣行列 に加え
市制施行40周年記念事業として
姉妹都市の信州諏訪 「御柱里曳き行」の催しがありました
政子役は 女優の藤吉久美子さん 道灌役は 十八代目子孫 資暁氏 でした
天下の大祭 信州諏訪 「御柱里曳き行」
長持ち
長さ約13メートル 重さ6トン 直径約100センチのモミの木
斧がいれられ
御柱の頭を三角錐に切り落とす冠落し
太田道灌は江戸城の創建で知られ文武両道 和歌も多く残されている
1486年伊勢原市にあった上杉氏の居館において暗殺されたとされており
大慈寺 洞昌院に墓所がある
暗殺される 最後の歌
刺客 「かかる時さこそ命の惜しからめ」 続けて
道灌 「かねてなき身を思い知らずば」
太田道灌にはエピソードが多く
山吹伝説は有名
鷹狩りの際 雨に降られて 農家で簑を借りたいと呼んだところ
娘が何もいわずに 一枝の山吹の花を差し出した 道灌は不機嫌になり
帰城ぢてから話すと近侍は 簑がないと言うことだと
後拾遺集の 兼明親王の歌を示した
「七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞかなしき」
貧しくて簑一つないという意味だったこと
古歌を知らなかったことを恥じて 歌道に励んだと言われている
道灌の歌
一茶記念館 福地桂之助(桂玉)書作展 [書道展]
一茶記念館の企画展として
福地桂之助(福地桂玉)書作展が 黒姫の一茶記念館で開催中です
会館入り口
http://park3.wakwak.com/~issakinenkan/main/05_osirase.html
ポスター
展示会場内
作品24点 一茶の句 一茶書簡など (軸 額 巻物 扇子)
作品の一部
春風や牛に引かれて善光寺
南無陀佛南無阿弥陀佛曼珠沙華
ズップリとぬれたところ處(ところ)が春の山
↓句碑の拓本
ポスターを拡大
あの月を取ってくれろと泣子哉
展示室を 出ると 中庭へ
会館の裏側のお庭に 俳諧寺
一茶の墓
↓ 一茶記念館の HPへ
http://park3.wakwak.com/~issakinenkan/
記念館から見た黒姫山
福地桂玉氏は 毎日書道展審査会員
日本書道美術院審査員
かな書道研究 「吹筆会」主宰
童話館 から見た黒姫山
黒姫高原 コスモス
空海と密教美術展へ [展覧会]
空海と密教美術展 へ行ってきました
↓ いただいたビラ 資料から
詳しくは ↓ 東京都国立博物館 へ
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1393
拡大すると
買った絵はがき ↓
本館では三色紙が展示されていました 継色紙は 撮影禁止でしたが
↓ 寸松庵色紙
秋のつき山べさやかにてらせるはおつるもみぢのかずをみよとか
↓ 升色紙
いまははやこひしなましをあひみむとたのめしことぞいのちなりける
吹筆會展(2011年) [書道展]
酷暑から 一転 大雨で急に涼しくなった頃 吹筆會展が開かれました
大勢の方々 見に来ていただきありがとうございました
↑ は 福地桂玉先生の お作品 8点
↓ は タンポポで書かれた 「椿」
会場風景
特別展示 「先人の書」は 日替わり 初日は
故日々野五鳳先生のお作品
万葉集 (1160)
難波がたしほひにたちて見わたせばあはぢのしまにたづわたるみゆ
2日目
故森田竹華先生のお作品
万葉集 (1077)
ぬばたまの夜わたる月をとどめむににしのやまべにせきもあらぬかも
3日目は 会津八一 作品
をかのうへにわがいへをればののはてのいりひにふじのもえぬひぞなき 八一
4日目 画家熊谷守一 作品
五日目 本阿弥光悦の書状
会員作品の一部
帖(手習い歌のいろいろ)から
いろは
根津美術館 コレクション展 古筆切 [展覧会]
根津美術館のコレクション展 古筆切 ともに楽しむために へ行って来ました
裏面
拡大 ↓
詳しくは ↓
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html
故植村和堂氏寄贈の古筆もたくさん拝見でき
写経会でお世話になったころを懐かしみつつ
解説を読みながら興味深く楽しく拝見できました
↑ は購入したはがき から
伝西行の 「寺落葉」のお軸も出ていました
寺落葉
勢きてらや人毛可よ者すな利ぬれ者も見ちち里しくに者のを毛可奈
(せきでらや人もかよはずなりぬればもみぢちりしくにはのをもかな )
と書かれています
209年11月 新しくなった時の 根津美術館展 の記事は ↓
http://sanesasi.blog.so-net.ne.jp/2009-11-12
美術館へ入り口 いざなうような趣が
古筆拝見の疲れを癒されるようにお庭へ
雨上がりの木々の豊かな緑に誘われ カフェへ おいしい珈琲でした
毎日書道展 第63回展 後期展より [展覧会]
毎日書道展 後期展 開催中
かな部 近代詩文書部 前衛書など
会場風景
↑ 写真の隅っこの作品 ↓
東日本震災のあまりの衝撃的な映像に打ちのめされ 深い無気力感に襲われたころ
毎日展の作品作りをしていました
無常感にさいなまされ 書く気力が出てこないころ
陸前高田市の 7万本のうちの奇跡の一本松の記事に深く感動 ↓
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110330/dst11033008170011-n1.htm
毎日 短歌にならない短歌のような日記をつけています
その歌らしきを 作品にしようと 迷い迷い書いているうち 期日がせまり
出品いたしました
短歌も俳句も 書も 到りませんが 震災の年の我心の記録といたしました
「残りたる一本の松りん(凛)として宙(そら)へつらぬく冀望(きぼう)の星に
試練受く廃墟の町に桜さく」 さねさし
震災から もう130日も経ちました 希望に向って頑張っていらつしゃっても
日がたつにつれ悲しみ辛さも深くなっていられることでしょう
希望の一本松も枯れそうになり 復興のピンチにやきもきいたしました
涸れないようなご努力がなされ クローン技術で苗4本が育っているとニュースに
ほっとしたりしています
毎日書道展 第63回展のお知らせ [展覧会]
第63回毎日書道展 東京展が始まっています
毎日書道展 のHPは ↓
http://www.mainichishodo.org/ex_top.php
場所 国立新美術館
前期展 (漢字 大字書 篆刻 刻字)
(1期)7月6日 (水曜日午後1時から)~7月11日(月) 終了しました
(2期)7月13日(水曜日午後1時から)~7月18日(月)まで
後期展 (かな 近代詩文書 前衛書)
(1期)7月20日(水曜日午後1時から)~7月25日(月)
(2期)7月27日(水曜日午後1時から)~7月31日(日)
時間 10時~午後6時 火曜日 休館
特別展示 「宇野雪村の美」 全期間
会場でいただいた 新聞のコピー ↓
ビデオ 放映中
毎日新聞 最高賞文部科学大臣賞 ↓ 直後黒い塊・・・・・
東大寺大仏の世界 VR 東京国立博物館 [心の遠景]
お知らせ
(ビラ からの写真です)
東京国立博物館でのミュージアムシアターで
「東大寺の大仏の世界」を見てきました
大仏のお顔 真正面からの映像
台座の蓮のはなびらに刻まれた 「須弥山の世界」が解説とともにとても良かった
6月26日まで です
古筆 国宝 和歌体十種 東京国立博物館 [展覧会]
東京国立博物館へ 古筆 国宝 和歌体十種(巻物)を見に行ってきました
初めて拝見 高野切れ一種の書風に似て 飛雲の料紙の美しい古筆
親しみのある古今集の和歌などが書かれていました
説明の漢文「夫和歌者我朝之風俗也・・・・・天慶八年冬十月壬生忠岑選」と
書かれています
和歌軆十種
古歌軆
おかさはらへゐのみまきにあるるまもとればぞなづくこながそでとれ
わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる
など 5首書かれ
神妙軆
わがきみはちよにましませさされしのいはほとなりてこけのむすまで
ほか4首
直軆 餘情軆 寫思軆 高情軆 器量軆 比興軆 華艶軆 と
九軆 巻物には書かれていました
あと一軆は 巻物の左に展示されていたお軸 ↓ に 切断されていたようです
両方彼思軆 として書かれていました
やまたかみくもゐにみゆるさくらばなこころのゆきてをらぬひぞなき
最後には 「右和歌軆十種一巻者
御子左一流忠家卿御親真也筆・・・・」
下部には 古筆「琴山」了佐 花押が かかれています
しかし↓ の解説によれば 忠家の真筆との確証はないそうです
写真をクリックして またクリックすると大きな文字になります
写真は 禁止の作品以外は国宝でも撮れましたが 上手く撮れませんでした
7月10日(日)まで 展示
詳しくは ↓ 東京国立博物館 へ 写真で巻物が見られます
短歌 仏足石歌体 楸邨の短歌 [短歌]
5月15日の NHK短歌 の放送に
俳人加藤楸邨の短歌が紹介されていました
「もう一度生まれてくれば何するか猫とあらそひ妻とあらそひ我とあらそふ」
5・7・5・7・7・7 の歌
これは 「仏足石歌体」という形式をとる歌体 と選者 坂井修一氏の説明がありました
「仏足石歌体」とは
仏足石歌(ぶっそくせきか)の歌体はすべて五・七・五・七・七・七の6句からなり
6句目はその前の5句目を言い換えたものが多くまた ほとんどが仏足石歌碑に
見られることから仏足石歌体と呼ばれています
薬師寺にあります「佛足石」と「佛足石歌碑」は国宝となっております
仏足石はまだ仏像が無かったころのインドで佛様の足跡を石に彫ってそれに祈りを
ささげる習慣からうまれ
歌碑は仏石跡を賛嘆した歌17首他4首が彫られています
奈良時代 1200年前の漢字 (当時は仮名がまだ生まれていなかったので漢字で表現)
拡大してみるととても素朴です
↓ に「佛足石歌碑」の写真が出ています
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E8%B6%B3%E7%9F%B3%E6%
仏足石歌碑の一番目の歌
「美阿止都久留伊志乃比鼻伎波阿米尓伊多利都知佐閉由須礼知々波々賀多米尓
毛呂比止乃多米尓」
御足跡(みあと)作る石の響きは天に到り地さへ揺すれ父母がために諸人のために
(字数が合いませんが)
同じく10首目は
「己礼乃与波宇都利佐留止毛止己止婆尓佐乃己利伊麻世乃知乃与乃多米麻多乃与□□□」
これの世は うつり去るとも とことはに さ残り坐せ 後の世のため 又の世のため
このほか 万葉集には1首(巻16 3884の歌) のみです
↓ に廣岡義隆氏の「佛足石記・佛足石歌碑本文影復元」 に歌が 書かれています
興味のおありの方は どうぞクリックしてごらんください(43・44・45ページ)
http://miuse.mie-u.ac.jp:8080/bitstream/10076/2597/1/AN101977030010005.pdf
俳人楸邨の 紹介された俳句は
「人間をやめるとすれば冬の鵙」
「百代の過客しんがりに猫の子も」
「百代の過客」は 芭蕉の おくの細道
「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也・・・」で有名です
李白の 春夜宴桃季園序 の一節に
「夫天地者 万物之逆旅 光陰者 百代之過客 而浮生若夢 為歡幾何・・・・・・」
夫れ天地は万物の逆旅(げきりょ) 光陰は百代の過客なり
而して浮生は夢の若(ごと) し 歓びを為すこと幾何ぞ・・・・・・
700年ごろ書かれていた漢字の興味はもちろん 当時の歌の形式が受け継がれ
中国の有名な漢詩の言葉が今も使われる 言葉の魅力 日本の美しい文学 伝統に
浸る喜びを感じます
白洲正子 神と仏自然への祈り 生誕100年特別展 [展覧会]
白洲正子特別展に 世田谷美術館 へ行ってきました
NHKテレビでこの展覧会の放送がありました その中で
焼損仏像残闕(千手観音像トルソー)のお話に惹かれ
今まで拝見したことのない不思議な雰囲気をかもし出すほとけさまにみえないような
ほとけさまをどうしても見たくて出かけました
ビラから
ビラ裏面
拡大しました ↓を読んでいただければ
やはり私には 焼損仏像残闕(千手観音像トルソー)の御姿に一番惹かれました
おりしも11時過ぎに携帯の地震緊急ブザーが鳴りました
館内では揺れは感じられませんでしたが 久しぶりにやや強い地震だったようです
震災に遭われた方々の苦悩を象徴するような観音像でした
その写真がビラや絵葉書にも ↓ のファイルにも載っていなくて残念です
熊谷守一の書 軸 「ほとけさま」もよかったです
↓ は売っていた絵葉書です
十一面観音立像 平安時代 白州正子旧蔵
武相荘 随分前に拝見したような気がします やさしいほのぼのとした気持ちに
させていただきました
売っていたA4サイズのファイルを広げて
ファイルの 中
「 白洲正子 ”ほんもの”の生活」 という本に
「気のみなもと 白洲正子の自筆歌帖より」 前登志夫氏が書いておられる
正子さんの短歌が紹介されています
「毛筆でのびやかにしたたねられた白洲正子さんの短歌は 「詠草」とのみ題され
「白洲正」という落款が押されている・・・・」 と
そのなかの 短歌を書かせていただきました
新薬師事にて
しづかなる林のごとくたてるかも名もいかめしき十二神将
ひた心たへつつ行かんこの野辺の千草の花はさかりすぐとも
復興祈願 余震 方丈記から [こころの近景]
東日本大震災が起きてから40日過ぎました
被災地の方々 徐々に回復の兆しはみられますが 日が経つにしたがって
かえって心労重くつらい思いをなさっていられることと思います
4月15日 神奈川県伊勢原市の日向薬師において
例年春季例大祭ですが 今年は東北関東大震災における被災地の
一日も早い復興と犠牲になられた方のご冥福を祈願されました
「辛卯」という今年 やはり辛い年となりました
4月9日の毎日新聞 「余禄」に書かれていた記事に
平家が壇ノ浦で滅びた元暦2(1185)年 京都を襲った大地震では
余震が3ヶ月も続いた と 中山忠親の日記「山槐記」に書かれている
「地震の事 今日に至る四十七日間一日も止まず 或いは四五度 或いは3度
或いは大動 或いは小動 皆その度ごとに声あり」と
鴨長明 の「方丈記」にも地震のことが書かれています
「また 同じころ(1185年)かとよ
おびただしく大地震(おほなゐ)ふること侍りき
そのさま よのつねならず 山はくづれて河を埋み 海は傾きて 陸地をひたせり
土裂けて水湧き出で 巌割れて谷にまろび入る なぎさ漕ぐ船は波にただよひ
道行く馬はあしの立ちどをまどはす 都のほとりには 在々所々 堂舎塔廟
一つとして全からず 或はくづれ 或はたふれぬ 塵灰たちのぼりて
盛りなる煙の如し 地の動き 家のやぶるる音 雷(いかづち)にことならず
家の内にをれば 忽ちにひしげなんとす 走り出づれば 地割れ裂く 羽なければ
空を飛ぶべからず 龍ならばや 雲にも乗らん 恐れのなかに恐るべかりけるは
只地震なりけりとこそ覚え侍りしか
かく おびただしくふる事は しばしにて止みにしかども
その余波(なごり)しばしは絶えず よのつね 驚くほどの地震
二三十度ふらぬ日はなし 十日・ 二十日過ぎにしかば やうやう間遠になりて
或は四五度 二三度 若は一日まぜ 二三日に一度など
おほかたその余波(なごり) 三月ばかりや侍りけむ
四大種のなかに 水・火・風はつねに害をなせど
大地にいたりては異なる変をなさず
昔 斎衡(さいかう 855年)のころとか
大地震ふりて 東大寺の仏の御首(みぐし)落ちなど いみじき事どもはべりけれど
なほこの度には如かずとぞ
すなはちは 人みなあぢきなき事をのべて いささか心の濁りも薄らぐと見えしかど
月日かさなり 年経にしのちは ことばにかけて言ひ出づる人だになし
・・・・・」
日本古典文学大系 「方丈記」参照
我が家の近く日向薬師の少し奥のあたりに
昭和13年に 山津波に流されてしまった浄発願寺の
奥の院 跡が残っています
流され埋もれていた石の像が 掘り起こされて 立てられています
ほとんど頭部無く かわりに石を載せてあります

この場所から やく1キロ下のほうで建替えられた
「浄發願寺」 文字は 徳川家康の師 寒松の筆 と書かれています
今年の近くの桜はことのほか美しく感じました
テレビの映像でみた 津波で押し倒された桜の枝に咲いた桜の花には
生きる力を与えられたような気がします
しかし一方で地震酔いの影響でしょうか 美しい花にさへ
津波を連想してしまいます
翁草の花
漢字とカタカナで書かれている
「大福光寺本方丈記」の 地震について書いてあるところを書いて見ました
変体かなを交えて ↑ と同じ文章を 和綴じ本に書きました (写真は部分)
方丈記大地震のこと記されおり余震を[なごり」地震は「なゐ」と さねさし



































































































































































































































































































