畠山記念館 書の美へ (国宝 離洛帖) [書道]
昨日 東京 白金台にあります 畠山記念館へ
墨蹟と古筆 書の美 展へ行ってきました


国宝 特別展示の藤原佐理の「離洛帖(りらくじょう)」 がやはり 圧巻でした
藤原佐理(944年~998年)
ふじわら の すけまさですが 「さり」 と音読みされるこよが多く
平安中期の能書家、公卿
早くより能書で知られ草書の第一人者としての評価も高く
小野道風
藤原行成 とともに三蹟の一人で
流麗で躍動感のある筆跡は 「佐跡」 と呼ばれています
真跡として、「離洛帖のほか
「詩懐紙」(国宝)などの 書状5点があります
佐理は酒にまつわる失敗の多い人物だったようで、
「離洛帖」をはじめ、残されている書状はことごとく詫び状とか
この「離洛帖」は草書体を駆使した個性的な書風
墨気が著しく タッチが厳しく 迫力が感じられます
内容は佐理が太宰大弐(だざいのだいに、太宰府の次官)に任命されて
任地へ向かう旅の途上 摂政の藤原道隆に赴任のあいさつをしてくるのを
忘れたことを思い出し 道隆の親戚にあててとりなしを依頼した侘び状です
国宝 藤原佐理の書状 離洛帖 (平安時代)
(畠山記念館で売っていたはがきから)

(佐理の花押) 謹言。 離洛之後。 未承
動静。 恐欝之甚、 異
於在都之日者也。 就中、
殿下何等事、御座哉。
進發以前、不参之勘
責、無方避逃許也。
優顧幸甚々々。抑、(佐理)
今月十六日、来到長門赤
馬泊。入境之日、未有
一定。著府之後。追
可聞子細。恐惶頓首。
(佐理)謹言
五月十九日 旅土(佐理)
謹上 春宮権大夫殿 政所
と書いてあります
(佐理) 慎みて言す。洛を離るるの後 未だ
動静を承はらず。恐鬱の甚だしき、
在都の日に異なる者なり。就中、
殿下何等の事、御座(おはします)る哉。
進發以前、不参の勘
責、避逃に方無き許(ばかり)也。
優顧、幸甚々々。 抑も、(佐理)
今月十六日。長門の赤
馬の泊まに来到す。境に入るの日、未だ
一定あらず。著府の後、追って
子細を聞ゆ可し。恐惶頓首。
(佐理)謹みて言す。
五月十九日 旅土(佐理)
謹上 春宮権大夫殿 政所


お庭









素晴らしい書だから、内容も良いことが書いてあると思ったら、大間違いなのですね(^^♪
でも、とても人間味のある、面白い人物のようです。
この美術館にも、朝鮮人石があるのですね。
僕は、何故かこの石像が好きです。
by albireo (2006-06-04 14:29)
この時代の人はやはり、書の「練習」をしたのでしょうか?
あるいは、生まれ持っての達筆家だったのでしょうか?
by Baldhead1010 (2006-06-04 15:33)
初めまして。先ほどはコメントありがとうございました。
私は知識も無く、ただ好きだな...と思う絵を観ているだけなのですが、時々行く美術館は楽しみの1つです。畠山記念館も気になっている美術館なので、機会があれば行ってみたいです。
by katokyo (2006-06-04 21:21)
どこで筆に墨をつけたかはわかります(笑)
by tanaka-ma3 (2006-06-04 21:29)
albireo さま 佐理の書は本当に魅力あります 内容が素晴らしい言葉だったらもっといろいろな人に知られ愛された書かも知れません でも失敗のある人のほうが 人々に喜ばれ愛されるのかもしれませんが
Baldhead1010 さま やはり天才的な方かもと思います 平安朝時代の写経を仕事とする人たちは一字間違うとお給料からいくらと差し引かれたとか 努力の人がたくさんだとは思いますが
katokyo さま コメントありがとうございます 美術館は展示だけではなく お庭や 建物にも 魅力があり 日本の素晴らしさを感じさせてくれますね
tanaka-ma3 さま 墨をどこにつけるか 今の書では大事な要素です 書の作品を 墨の濃淡によっても 遠近感など出るように工夫いたします
by NO NAME (2006-06-06 10:25)
by さねさし (2006-06-06 16:31)
藤原佐理は、なかなか面白い人物だったようですね。(笑)
書の視覚的イメージと内容のギャップがとても興味深かったです。
2枚目の写真、緑がとても美しいですね。
by (2006-06-08 09:58)
lapis さま たしかに ギャップがあったほうが 喜ばれるのかもしれません 私も真面目すぎる人はどうも苦手です
by さねさし (2006-06-09 19:49)
難しいですね。sanesasiさんに書いていただいた文字と比べると何とかこの字がそうかなとは思うのですがとても読めません。 漢文なのですね。
by penpen (2006-06-09 21:37)